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和歌山地方裁判所 平成11年(モ)707号 決定

主文

本件移送申立てを却下する。

理由

一  申立ての趣旨及び理由

申立人らは、本件の本案訴訟(以下「本件訴訟」という。)を東京地方裁判所に移送する旨の決定を求め、その理由として、本件訴訟は申立人社会保険庁長官のした処分の無効確認等を求めるものであるところ、同申立人の所在地は東京都であって、行政事件訴訟法一二条一項(無効確認の訴えについては、同法三八条一項による準用。以下、同じ。)によれば、その管轄は東京地方裁判所にあり、和歌山地方裁判所にはない旨を主張した。

相手方は、右処分の際、和歌山県知事が下級行政機関として事案の処理に当たっているとして、同法一二条三項に基づき、本件訴訟は和歌山地方裁判所の管轄にも属するなどと主張し、右申立てを却下する旨の決定を求めた。

二  当裁判所の判断

1  本件訴訟は、申立人社会保険庁長官が、相手方に対し、年金の併給調整に係る規定等に基づき、平成九年九月一二日付けで行った障害基礎年金を平成五年八月分に遡って支給停止とする旨の処分及び平成九年一〇月一五日付け障害基礎年金の過誤払いに係る額を老齢基礎年金の内払いと見なす旨の調整処分(以下、それぞれ「本件支給停止処分」、「本件調整処分」といい、これらの処分を併せ「本件各処分」という。)について、相手方が、同申立人に対し、右併給調整に係る規定等は、憲法二五条、一四条に違反するなどと主張して、主位的にその無効確認を求めた上、予備的にその取消しを求めるとともに、同国に対し、本件各処分によって支給停止ないし支給調整を受けた額の支払いを求めた事案である。

2  一件記録によれば、以下の事実を認めることができる。

(一)  本件各処分に至る経緯等について

(1) 相手方は、平成四年四月から、地方公務員等共済組合法附則一九条(平成六年法律第九九号による改正前のもの)に基づく特別支給の退職共済年金を受給した上(平成九年三月に、地方公務員等共済組合法七八条(平成六年法律第九九号による改正後のもの)に基づく退職共済年金に切替え。以下、これらを併せ「退職共済年金」という。)、平成五年八月からは、申立人社会保険庁長官のした昭和三五年二月二二日付け裁定に基づく障害基礎年金の支給を受けていた。

なお、国民年金法(平成九年法律第四八号による改正前のもの。以下、同じ。)上、障害基礎年金等に係る年金給付は、当該受給権者が他の年金給付等の受給権を有するときは、その間、支給停止となり、受給権者において、支給停止となった年金のうちいずれかを選択し、停止解除の申請をすることとされており(年金受給選択の申出)、他方、老齢基礎年金については、退職共済年金との併給を受けることが可能であった(国民年金法二〇条一項、二項)。

(2) 相手方は、六五歳になり老齢基礎年金の受給権が発生したので、平成九年四月四日、和歌山東社会保険事務所の担当者に対し、老齢基礎年金の裁定請求書を提出したところ、同担当者から、国民年金法上、障害基礎年金及び退職共済年金の併給は不可能であるにもかかわらず、相手方が両年金を併給されていた旨を指摘され、同法二〇条二項に基づく年金受給選択の申出をするように指導を受けた。

相手方は、同日、退職共済年金の内容を証する年金証書及び年金決定通知書並びに同年金の加入期間を証する年金加入期間確認通知書の各写しを添付した上、同担当者に対し、年金受給選択申出書(以下「本件申出書」という。)を提出した。同担当者は、相手方の意思を確認した上、本件申出書に「支払金額の多い方に選択します」旨のゴム印を押捺した上、これを受理し、右記載事項の不備等を調査した上、付属書類等に基づき記載内容の正確性を確認した。

(3) 和歌山県知事は、同年五月一日、相手方に対し、老齢基礎年金を同年三月分から支給する旨の裁定を行った。和歌山東社会保険事務所の担当者は、右裁定に基づき、これに関するデータをオンライン・システム(年金業務に関するデータを管理するため、同社会保険事務所と社会保険業務センター(申立人社会保険庁長官)との間で構築されていたもの。)に入力した。同知事は、同月九日、同申立人に対し、本件申出書及び付属書類を進達したものの、その際、特段の処分意見を付することはなかった。

(4) 社会保険業務センターの担当者は、右進達を受けた後、本件申出書に記載された基礎年金番号や年金コードによって、相手方に係る裁定原簿をオンライン・システムから抽出し、同原簿に基づき、相手方への障害基礎年金の支給状況及び老齢基礎年金の裁定の事実を確認した上、本件申出書の添付書類等によって、退職共済年金の支給状況を確認した。

申立人社会保険庁長官は、相手方に対し、平成九年九月一二日本件支給停止処分、同年一〇月一五日本件調整処分をした。

(二)  年金支給に係る一般的な事務取扱いについて

(1) 国民年金法における各種年金については、原則として、申立人社会保険庁長官が受給権の裁定を行うところ(同法一六条)、国民年金事業の事務の一部は、政令の定めるところにより、都道府県知事等に行わせることができるとされている(同法三条二項)。

老齢基礎年金については、受給権の裁定に関する事務自体が都道府県知事の権限とされ(同法施行令一条二号イ)、年金受給選択の申出についても、申出の受理、届出に係る事実に関する審査及び受給権者から提出された書類等の同申立人への進達は、都道府県知事の所管する事務とされている(同施行令一条五号、同法施行規則六四条二項)。

他方で、障害基礎年金(同法七条一項二号所定の第二号被保険者に係るもの)に係る受給権の裁定並びに支給停止及び支払調整処分に関する事務は、同申立人が行うものとされている。

(2) これを、受給権者から年金受給選択申出書が提出された場合についてみると、次のとおりである。

〈1〉 社会保険事務所の担当者は、右申出書を受理した上、記載事項の不備等を確認するとともに、付属書類等に照らして記載内容の正確性を調査の上、必要に応じて補正させ、その後、都道府県知事において、右申出書及び付属書類を申立人社会保険庁長官に進達する。その際、右選択申出に関する処分意見等が付されることはない。

〈2〉 社会保険業務センターの担当者は、右申出書に記載された基礎年金番号や年金コードによって、オンライン・システムから裁定原簿を抽出し、同原簿及び右申出書の付属書類と照合の上、右申出書の記載事項を確認する。その後、右申出書における年金選択の意思表示(「支払金額の多い方を選択します」旨のゴム印が押捺される取扱いであった。)に従い、受給権者に支給し得る年金額をシミュレーションの上、支払金額が最も多額となる年金を特定するとともに、当該年金の選択による年金過払発生の有無及びその額を確認する。

3  そこで、右認定事実をもとに、和歌山県知事について、「事実の処理に当たった下級行政機関」(行政事件訴訟法一二条三項)の該当性を検討するに、前記認定のとおり、同知事が本件各処分に関して行った事務は、国の機関委任事務であり、同知事が申立人社会保険庁長官の「下級行政機関」に当たることは明らかであるから、以下、同知事が、本件各処分に関し「事案の処理に当たった」ものと認められるかについて、判断する。

(一)(1)  行政庁を被告とする取消訴訟等に関し、特別管轄を認めた行政事件訴訟法一二条三項の趣旨は、当該処分等に関し事案の処理に当たった下級行政機関であれば、その管轄区域内に審理に必要な証拠資料等の存在が見込め、行政庁の応訴に不便もなく、審理の円滑な進行をも期待できる上、このような特別管轄を肯定することによって、国民の出訴や訴訟遂行を容易にし得るところにある。そうすると、下級行政機関が事案の処理に当たったか否かの判断に際しては、当該処分の性質や下級行政機関の関与態様、処分庁における処分形成の過程等を考慮した上、下級行政機関において、処分の成立に実質的な関与をしたと認め得るかどうかを検討すべきである。

(2)  ところで、各種年金の受給権に係る裁定等については、通常、関連法規において、年齢や障害の有無及び程度等の明確かつ一義的な受給資格が定められており、対象者が当該要件を具備する限り、行政庁は、原則として、法規に定められた一定内容の裁定を行うべきものである。殊に、本件各処分は、相手方からなされた「支払金額が多い方を選択します」旨の年金受給選択の申出を契機としているところ、相手方は、本件において、法律上、老齢基礎年金及び退職共済年金の併給を受けるか、障害基礎年金のみ支給されるかの選択をし得るに止まり(国民年金法二〇条一項)、申立人社会保険庁長官において、相手方に係る各年金支給の事実及び支給額を確認さえすれば、相手方が老齢基礎年金及び退職共済年金の併給を選択したことは明白となるのであって、違憲立法審査権のない同申立人が本件各処分以外の処分を行う余地は、法律上存しない。そして、前記認定のとおり、和歌山県知事は、相手方のした年金受給選択に係る申出内容の正確性を調査し、各年金支給の事実及び支給額等を確認するに十分な事実資料を自ら収集している上、同申立人も、相手方に係る年金支給の事実及び支給額等を確認する際、本件申出書に係る記載内容の正確性や適切な付属書類の存在に多くを依拠していたことは明らかであって、これらの事情に徴すれば、同知事は、前記認定のとおり、本件申出書の進達の際、特段の処分意見を付していないとはいえ、本件において、欠くことのできない重要な役割を果たしたものというべく、本件各処分の成立について、実質的関与をしたと認められる。

(二)  したがって、和歌山県知事は、申立人社会保険庁長官の下級行政機関として、本件各処分に関し「事案の処理に当たった」ものと認められる。

三  結論

よって、本件訴訟は、行政事件訴訟法一二条三項に基づき、和歌山地方裁判所の管轄にも属するのであって、本件移送申立ては、その余の点を判断するまでもなく、理由がないから、これを却下することとし、主文のとおり、決定する。

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